ただ言いたいことだけを言うブログ

ただ言いたいことだけを書き連ねます。愚痴が多めかも知れません。

デブマウンティング

なんで?(殺意)同族嫌悪ってやつなのかも知れませんが、傍からみたらどっちもどっちだし団栗の背比べですわ。

 

「わたしはこんなやつとはちがう。」

「わたしはこいつよりちょっと細いから大丈夫。」

「わたしはデブじゃない」

結局こ↑こ↓が言いたいだけなんだよなぁ。

なら最初からそういえばいいじゃんアゼルバイジャンと思ったそこのあなた。

そういう、デブマウンティング(今名付けました)をする人は「自分がデブであると認知はしてはいるけど、認めたくない。現実から目を背けたい。だから下を見て安心するしかない。」ってことなんですね。その上、「まるで過去の自分を見ているようで嫌」ってこともあるんですよ。

例えるなら、昔の自分の黒歴史を、鏡みたいに直面して見せられているような。

同時に、マウンティングを行うことで得られる優越感、自分の内部から押し寄せるプレッシャーに少しだけ、目を背けることが出来るから、繰り返し繰り返し、マウンティングをしてしまう。これはデブに限ったことは無いです。ほかの人にも言えます。

容姿、財力、人脈、学歴ー。

全てのシーンにおいてマウンティングをする人たちは出てきます。

その人たちはなぜマウンティングをするのか?上記にあげたものは単なる理由にすぎません。

ではきっかけとは?

それはやはり、自信のなさ。つまり第三者に褒められたり、指摘されたことがないから。他人からの評価は、自分を客観視する機会になり得ます。主観はあくまで主観であり、容姿や体型に関しては思い込みに過ぎないのではないでしょうか?「わたしは○○ちゃんよりデブじゃない!」というのはただの主観であり、思い込みです。

果たしてほかの人からみたあなたはそうでしょうか?

もっと必要な尺度があるのではないでしょうか?

例えば体重

例えば体脂肪率

例えばBMI

こうして自分の健康状態が数値化され、目に見えるものとなっている今でもなお、なぜか主観で全てを決めつけ安心しきっているデブがたくさんいます。だから痩せられないんですよ。わかりますか?他人と尺度も価値観もそもそも土俵も違う奴らが「マウンティング」して、「わたしは大丈夫だ」という自己催眠に陥る。バカバカしいことこの上ないし、虚像にすがりついているその姿は哀れで哀れで。

 

最近ふと気づきましたが、下を見て得る安心感や優越感は一時自分の気持ちを緩和しますが、結局虚しくなるだけなんですよね。だったら、上を見て歩いた方が少しは有意義なのかもしれない。と。

美の観点に関しては、個人の価値観や感じ方があるので、何をもって上とするかはわかりません。つまり美に終わりはないのです。その点、体型は簡単です。

BMIや体重、体脂肪率があり、自分の体型を数値化することができます。

美の追及に終わりがありませんが

体型に関してはきちんと数字による可視化ができるのですから、ここの部分はきちんと追及するべきなのではと思いました。

 

あっでも、美を追及すると整形依存症や醜形恐怖症に陥りますし、体型を追求すると摂食障害になりますね。

 

これ以上デブをいじめてしまうと、「お前のせいで摂食障害になった!!訴訟!!」と言われそうで怖いのでこの辺にしておきます。

念のため言っておきますがこれはあくまで私的見解です。